2005年12月29日

帰省したくない病

今日から晴れて年末年始のお休みに入りました。私だけですが。

だけど、この前の週末にインフルエンザの予防接種をしてから、なんとなくだるさが続いていて、今日も頭痛がしてます。
そういう症状があるとは聞いてたけど、頭痛まで?
本当に風邪なんじゃないだろうか。

というよりダンナの実家に帰省したくない、私のストレスから来る症状だったりして。

ダンナの両親は堅い人なんで、お盆や年末年始は必ず帰って来てお墓参りをしろ、という人。
堅くても息子の育て方は間違いましたね。完全に。
ダンナにも振り回され、「長男の嫁だから」と実家にも振り回される人生。
まあ帰省とかお墓参りとかのことは、わかって結婚したつもりですが、おせち料理作ったり、大掃除を手伝ったり、お姉さん家族の帰省に気を遣ったりするのが・・・疲れるんですよね。
これでもだいぶ「いい嫁」を演じなくなって楽にはなりましたけど。

友達に話すと大抵、「え?同じ県内なのに泊るの?私、絶対に泊らないよ〜」と言われます。
そんな夫婦が多いみたいですよね。うらやましい限り。

私だって、たまには自宅で寝正月を過ごしたいです。
雑煮も、自分の好きな雑煮を作って食べたいです。
適量を食べたいです。(喰え喰え攻撃で毎年正月に太る)


ダンナは今日ようやく出張から帰宅予定。
出張費を精算してから帰ってくるといいなぁ。
posted by はなこ at 13:19| Comment(4) | TrackBack(0) | 借金返済日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年12月27日

履歴〜別居〜

*この「履歴」は過去の記録です。カテゴリーの「履歴」より読まれると、読みやすいと思います*
ちなみに、今回、かなり長いかも・・・



別居をすることにした私達。
仕事をしてなかったから、私が出て行くことにしたのだけれど、はじめはダンナの実家にお世話になろうと思っていた。
その理由は2つ。
一つは、私は今までのことをひとつも自分の親に話したことがなかったから、心配させたくなかったし、全てを説明するのにとても時間がかかると思ったから。
もう一つは、母の言葉。
「相手の親を自分の親と思って、何でも相談しなさい。帰るなら、相手の実家に帰りなさい。」 嫁ぐときにそう言われていたから。
自分の実家ならそれほど気兼ねはないけど、絶対に離婚しろと言われるはず。
しかしダンナの実家だったら、元さやに戻れる可能性は高かった。

でもダンナに、「○○(←ダンナの実家の地名)に行くから」と告げると、ダメだと言われた。(何で別居するのに、私の居場所までダメ出しするわけ?)
仕方なく私は自分の実家に連絡し、急でごめん、行くところがないから・・・と泣きついた。
母からは、「私がそっちに行って仲裁するから、待ってなさい」と言われたが、昨夜の雰囲気からすれば、ダンナはそれまでに仕事に出かけて帰ってこないに違いなかった。
実家には、私の弟夫婦が母と一緒に住んでいた。
母としたら、力になってやりたいが、私が戻るとお嫁さんが気を遣うから、面倒なことを持ち込むのはできれば避けたいという気持ちだったのかもしれない。
それでも戻らせてほしいと言うと、家事はお嫁さんと半分ずつすること、迷惑料をいくらか包むことを条件に、戻ってきなさいと言ってくれた。

自宅近くの何気ない風景を見るにつれ、もうこの景色を見るのも最後かもしれないと思うと寂しくなった。


実家に帰ると、お嫁さんが温かく迎えてくれた。
一緒に泣いてくれた。
母も仕事を切り上げて帰ってきた。
私はそこで初めて、結婚してから今までのことを全て、母に話したのだった。
母は、驚きの声を何度も上げ、話の最後に「何で今まで言わなかったの・・・。疲れたでしょう。別れて戻ってきなさい」と言った。
東京から東北という遠くに嫁ぎ、思うように会えない娘が、さらに夫の借金やギャンブルに苦しんでいたこともあり、夫婦仲も悪い、子供もいないとあっては、頑張れという親の方が珍しいだろう。

全てを話すと、母の心配が増えた分だけ、私の気持ちが少しだけ楽になった。
そして日を追うごとに、温かい家庭の中にいる自分が癒されていることを感じ、その反面、どうして私達夫婦は弟達夫婦のように温かい家庭を築けなかったのだろうか、と思っていた。

別居中、友達には一切会わずに、ただひたすら一人でダンナとのことを考えていた。
今までの5年間、確かにダンナの言う通り、私の意見だけを通して生活してきていた。
私の考えが正しいはず、ダンナは借金やギャンブルをする人だから私がしっかりしなければ、と思って頑張って突っ走ってきたことだけれど、そこにダンナの意見はほとんど通ってなかったと気づいた。
頑張っているのだから、ダンナにそれを認めて欲しかったけれど、ダンナは認めるどころかそんな私に嫌気をさしていたのだ。
ダンナに意見がなかったのではない。私に意見ができなかったのだ。

考えれば考えるほど、離婚を迷うというよりは「もう一度やり直したい」という気持ちが固まってきた。
私がこれから直すことな何なのか、洗い出して、具体的にどうしようか、自分なりに考えてみた。
母にも気持ちが固まっていることを話した。
私が離婚して近くに戻ってきてくれると思っていた母は、それを聞いて溜息はついていたけれど、「大人のあんたが決めたことなら応援するから」と言ってくれた。
ただ、ダンナに電話をしても出てくれないし、メールをしても「もう戻れない。あなたがいない部屋にもそのうち慣れるでしょう」というような内容のメールしか来なかった。
ダンナはもう、離婚に向けて意思を固めているようだった。多分、別居の前から。
だから私がダンナの実家にお世話になると言った時、反対したのだと分かった。

私は考えていたこと、これから私がやるべきことを手紙に書いて出した。
ダンナが主導権を握って生活していくこと。
その象徴として、財布は別々にし、生活費は項目ごとに分けて私とダンナで出し合うこと。 お互いが一人で自由になる時間を持てるように配慮すること。

手紙が届いた頃、ダンナから「私からも手紙を出します。荷物と一緒に」というメールが来た。
だけど、手紙も荷物も、待っても来なかった。
(私の持ち物が送られてくるものだと思っていた)


別居して1週間ほどしたところで、私は子供達の奇声という慣れない環境の中にいたことと風邪をこじらせたこと、そして別居しているというストレスから、突発性難聴にかかり耳鼻科に通うことになった。
こんな目に遭うのも、離婚させられる私にお似合いだ、と自嘲気味になった。
そんなに嫌うなら、私一人がダンナにすがり付いてても夫婦とは言えないだろう。
ただ、このままではダメだ。きちんとした話をして、お互いの気持ちを話して、それでも分かり合えないことを確認して離婚を決めたいと思っていた。

ダンナと話し合いたいけれど、でもそのきっかけがつかめないまま、1日、1日と過ぎていった。
4月初旬に家を出て約2週間ちょっと。ゴールデンウィークも近くなってきた。
失業中の私は、連休明けに、失業状態確認のために向こうの所轄のハローワークに行かなければならなかった。
もしかしたらこのまま離婚になるかもしれない。
すると今の失業給付は、私が一人に戻ってまた生活基盤を築くまでの、大切な資金になる可能性がある。
行かないと1か月分の給付が止められる。絶対に、ハローワークに行かなければ。

でも日帰りになるだろうか・・・家に寄れるのだろうか・・・
寄ったとしても、私はまたその家を出てここに帰らなければならない。
自分の家であって、自分が入れない場所になってしまっていた。


別居をしたことでダンナの気持ちが見え、私の所業も見え、これからやるべきことと気持ちだけは固まった私だったが、どちらに進むにしても道の最初をふさがれてしまった状態。
日が経つにつれ、ダンナの離婚の意思が固いことを実感し、離婚という道を選んだ場合のことをよく考えるようになった。


しかしある日突然、私の携帯が鳴り、道が開けるきっかけが訪れた。
それはダンナの友達だった。


続きはまた時間のあるときに・・・

posted by はなこ at 21:39| Comment(0) | TrackBack(0) | 履歴 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年12月26日

気が大きくなりすぎ

ちょっとダンナの給料が良かったからって、
ちょっと年末調整で戻りがあったからって、
気が大きくなりすぎです、私・・・

上司2人に、お歳暮代わりのご挨拶の品を買ってしまいました。
明日会社で手渡しする予定ですが。

見繕って1,000円程度で、と店員さんにお願いしたのに、1,290円になりましたが、と言われました。
迷いはしたものの、結局「じゃ、それで2つ作ってください」と言ってる私。
2つで2,500円以上。
今、そこまでする必要ってあったのか、帰ってきてから自問自答しています。
去年はあげたので、今年はナシというわけにも行かないし、という見栄もありました。
上司のうち一人は借金のことを知っているので、今回贈らなくても分かってもらえたはずですが、必要のない見栄を張ってしまったのでした。


見栄があるうちは、私もまだまだです・・・
赤字続きだし、気を大きくしてる場合じゃないですよね。
posted by はなこ at 23:30| Comment(0) | TrackBack(0) | 借金返済日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年12月25日

11/25〜12/21の収支

今回もまた赤字でした・・・

ダンナが出張でいない分、光熱費や食費は少しずつ浮いています。
でも出張時の食事代としてダンナに持たせてるお金が、食費に23,000円分(2回分)入ってるので、かえって「食費」としては高くかかっているんですよね。
それと、年末の安売りで洗剤や防虫剤など、日用品の出費がかさんだ月になりました。
あ、でもダンナの今月のお給料、やっぱり大台越えてました!!
給料日、すぐにダンナに金額を連絡してあげたら、ビックリしてました(笑)
出張先で休日もなく昼夜なく頑張ってましたもんね。お疲れ様です。

年末年始や車関係で入用の時期、1月は大赤字を覚悟してましたが、この分だと大丈夫です。追加返済にも回せそう・・・うふふ。

具体的にはこんな感じの収支となりました。

11/25〜の収支

この1ヶ月も頑張ります!
とりあえずお年玉をいくらにするか考えなきゃ〜〜
小学生以下は1,000円、小学校低学年は2,000円、高学年は3,000円と決めてたけど、これって少ないですか?
今年は中学生になる姪っ子もいて、「やっぱり5,000円だろうか・・・」と考えてるんですが。
皆さんはどんな決まりでお年玉を出してますか?
posted by はなこ at 21:08| Comment(4) | TrackBack(0) | 収支報告 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年12月22日

年末調整

今日は年の最後の給料日。
給料に年末調整で戻ってきた税金分が加算されていて、給料がいつもよりちょっと多めでした!
まぁ、計算してるのは私なので、とっくに金額はわかってたんですが・・・

それにしても3万円近く戻ってきました。
年末調整で控除対象となる生命保険料を、年10万に合わせたおかげもあるかもしれません。
10万以上払ってても、税金控除は5万円が上限ですから。
それ以上増やすのであれば、年金を増やすか、損保で欲しい保障だけを増やすなどすると、戻ってくる税金がさらに増えてくるはずです。

今月はもっと返済に回せるかもしれませんが、とりあえずは今日、A社中心に返済してきました。
最初は、提携銀行のATMでB社の利息だけでも払ってしまおうと思っていました。
なのにATMで実際に操作してみると、カードを受け付けてくれません。
B社のカードローンのカードも、その銀行のキャッシュカードも。
店員さんを呼ぶにも、会社でお付き合いのある支店なので何か恥かしい気がして断念。
なので銀行から返済指定口座へ振り込もうと思ったのですが、A社はカードローンとショッピングで残高が残っているので、どちらも返したい私は上手くやる方法もわからず断念。
結局、恐る恐る消費者金融のATMで返済してきました。

本人以外が返済しても、何のトラブルも起こりませんでした。
今回はダンナも不在で特別に私が返済にいきましたが、この次からはまたダンナにやってもらおうと思っています。


今日は雪が吹雪のように横なぐりに吹き荒れていました。
A社の1台しかないATMブースで返済作業をしていると、後ろの扉がブーン!と開きました。
確かダンナが、「誰かがいるときはもう1台あっても入らないように」と言ってたので、それがこの消費者金融ATMを使う際の暗黙ルールなのか、と思っていたんです。
なのに扉が開いたので、かなりビックリ!
一瞬、強盗とか拉致とかされちゃうのかも、と思ったくらい。
実際、後ろの人は入ってはきませんでしたが、自動ドアだけが反応しちゃったみたいです。
それだけドアの近くにいるのは、そう、ブースの屋根が小さいから、よりドアに近い場所にいないと濡れてしまうからなのでしょう。

作業が終わってブースを出るときに、後ろの人に悪かったな、という気持ちで会釈と「すみませんでした」と言ったんです。でも後ろの人は顔をそらし気味で入っていきました。
この辺も銀行のATMとは違う、見て見ぬフリのルールがあるんだなぁ、と勉強になりました。


それにしても、提携銀行のATMで返済できなかったのは何でだろう・・・?
それに、銀行で消費者金融のカードを取り出すのって、すごく勇気がいりますね。
posted by はなこ at 22:36| Comment(2) | TrackBack(0) | 借金返済日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年12月19日

ついにC社完済!

この土日はいろんな用事を詰め込んで、少し忙しかったです。

土曜日はダンナは仕事。
私は午前中、物置の片付けをして、午後から不用品を売りにリサイクルショップへ。
今回は、古いスノーボードと頂きモノの未使用の雑貨類と、バッグ2点を売却。
中古品はキレイにして売りに出したわりにたいした金額にはならなかったけど(スノボは、なんと500円!)、部屋と物置が少し片付いて良かったと思うことにします。
風水の本で読んだことがありますが、乱雑で汚れた部屋にいい「気」はやって来ないですもんね。

物置の片付けをしていて、ブルーになるものを見つけました。
ダンナの仕事用具が入ってるダンボール箱の中に、小さい袋が1枚あり、何気なく中をのぞくと、中にC社と契約したときの契約書、そして数店分のキャバクラの会員カード&お店の女の子の名刺。
C社の契約書を見ると、契約日付は2004年2月となっていました。
今のアパートに引っ越した数ヵ月後です。別居することになった数ヶ月前です。
でもC社の契約書のことはどっちでもよくて、キャバクラ会員カードの方がブルーでした。
会員カードやキャバ嬢の名刺の裏がスタンプカードになっていて、日付だけでは今年か去年かはわかりませんが、1週間に1度ずつ行ってた月もあるようでした。

そんなんでも借金を重ねたんですからね・・・アホとしか言えません。
会員カード類はもちろん廃棄。
キャバ嬢のメアドの入った名刺は、とりあえずアドレスだけ控えて廃棄しました。
廃棄したところで何の解決にもなってませんけれど。

それから、ダンナのワイシャツを買いに紳士用品店へ。
首のサイズがうろ覚えで、買うのにだいぶ悩んでしまいました。


日曜日は休日。
まずはボーナス分の返済をしにC社とA社のATMへ。
いつものATMではなくて、デパート近くのところに行ったので、車の中で待ってる私は何だかバツが悪い感じで、人目をさけるようにしていました。
でも、ようやくC社を完済!(残高25万→0円へ)
そしてA社の端数分を返済して87万→80万にしました。いずれも元本です。
まだ200万近く借金はありますが、やっぱり完済すると少し安心しますね。
ダンナも同じ気持ちのようです。

そして、ダンナの出張のための飛行機チケットを取りに行き、度が合わないまま我慢してつけていたダンナの眼鏡を新調しました。

え?おかしい?・・・・気づきました?

そうです。家計簿を見てもらうと『コンタクト会員』とあります。
これ、ダンナのメルスプランのことです。
コンタクト歴は1年ちょっとのダンナですが、最近はほとんどコンタクトをつけてなかったんです。ケアが面倒だとか・・・
(だから私が最初から「面倒じゃない?」って言ってたのに!人の忠告ぐらい聞いてよねぇ)

だから眼鏡を買い替えたいと言われたときに、もちろん言いました。
「コンタクト会員、やめてくれたらいいよ」って。
新しい眼鏡は乱視&近視のレンズ入れても14,700円。
コンタクト会員は月1,890円。
8ヶ月で元が取れるんですもんね。ダンナはちょっと悩んでましたがOKしてました。


何だかんだと出費がかさむ12月になりそうですが(しかもほとんどダンナ関係の出費)、完済をして浮いた利息分とコンタクト会員をやめる分を、これからの元本返済に充てていきたいです。
頑張ろう。

posted by はなこ at 22:30| Comment(4) | TrackBack(0) | 借金返済日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年12月16日

ボーナスは入ったけど

ボーナスは先週の金曜日に支給されました。
毎日増える利息のことを考えると、すぐにでも大幅返済をしに行きたいところなんですが、ダンナがあっちこっちと出張中で、なかなか返済に行けません。
その分、今月のダンナの給料がとても楽しみですけれど。
(出張手当+年末調整で、大台越えるかも?)

単純な疑問なんですが、サラ金のATMって、本人以外がカードと暗証番号を使って返済してもいいものなんでしょうか?
さらに言えば大車輪をする場合、本人以外が借りたり返したりをしてもいいものでしょうか?
銀行のキャッシュカードって、ダンナさん名義でも奥さんが管理しているってこと、割と多いですし、暗証番号が合ってれば問題なしという感じですよね。
サラ金の場合はどうなんでしょう。
後から連絡が来たり、カードが使えなくなったり、店舗のATMの後ろから店員さんが出てきて注意されたりしたら、面倒だなぁ・・・と思って今までしてなかったのですが。

まぁ、もし本人以外の返済やカード利用がOKでも、実際にやるかどうかは・・・。
気にはなりますが、ダンナ自身に「自分が借りてて、自分に返済の責任がある」という意識を常に持たせたい気持ちがあるんですよね。


ところで、
ちょうどそのボーナス支給日に会社の忘年会が居酒屋でありました。
私は幹事でしたので、いろんな下準備や当日の仕切りが大変でしたけど、久々のお酒の場、楽しかったです。
幹事だから2次会までは行かないと行けないかな、タクシー代は高いから、電車があるうちに帰りたいな、と思っていたんです。

すると、行きは「幹事だから早く着けるように」と飲めない人が車を出して送ってくれて、帰りは会場の片付けをしている間に、みんな勝手に好きなお店へ散らばっていってくれました。
私はもちろん「女の子だしぃ」というもっともらしい理由で、そのまま帰宅。
計算すると、その日の出費は朝の通勤と帰りの電車代620円のみ!(忘年会費は別)

いつもこんな飲み会だったらいいのになぁ・・・(笑)

posted by はなこ at 21:27| Comment(2) | TrackBack(0) | 借金返済日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年12月12日

履歴〜転居〜

*この「履歴」は過去の記録です。カテゴリーの「履歴」より読まれると、読みやすいと思います*


流産は、私にとってとてつもなく重い出来事だった。
一人の命を、私が殺してしまったかのような自責の念。
原因はわからなかったし、主人からも誰からも責められなかったけれど。

流産後の経過が思わしくなく、思いがけず2週間も仕事を休んだ私。
そのことがきっかけになったかどうかは分からないけれど、ちょうど私のいた会社が
支店事務を東京の本店に移管することになり、事務職の削減をしなければならず
私がリストラの対象とされ、その年の秋に退職をした。

また、当時のアパートがとても湿気のひどい部屋で、雨漏りがあったりして
壁も棚も押入れの布団もしょっちゅう青カビが発生していたことも気になっていた。
これからまた子供を授かっても、この部屋にいたら子供も健康に育たないだろう。
そう2人で話し合って、ちょうど私が退職するのと同時に、今のアパートに引っ越した。

今度のアパートは田んぼばかりの中だけれど、新築のアパート。
設備もマンションみたいだし、新しいモノ好きなダンナも新しい部屋を気に入っていたし、
新しい暮らしはとても楽しかった。
貯金は、引越しでほとんど底をついたようなものだった。
でも会社都合で退職した私にはすぐに失業手当がついたし、この手当てがあるうちに次の妊娠ができたらいいな、という思いがあった。

ダンナはその後もパチンコ等していなかったようだった。
ただ一つ気になったのは、新しいアパートの部屋の一角に設けた祭壇(というほどでもないけど)に、ダンナが一度もお線香や成仏を唱えることがないことだった。
気持ちの問題だから、強制はできないけれど、それにしても冷たいんじゃないかと思っていた。


翌2004年になる頃に医者からも解禁OKを言い渡され、私達はまた子作りを始めた。
でも、ダンナは私が排卵日ごろに誘わないと、しようとはしなかった。
それがまた焦りを煽ったし、不安だった。
考えたくなかったけれど、ダンナが子供を欲しがっていないことは確かなようだった。

それが本当に判明したのは、2ヶ月ほどした頃。
またダンナの帰宅が毎日遅くなり始め、しかも帰ってくるとほとんど無言。
「一気に60代になったように疲れた」と言って、夕飯を食べたらすぐ寝るような生活だった。
「なんなの?言いたいことがあるなら言ってよ」
そう私が言っても、「言ってもムダ、わかってもらえないし」とか「考えてみなよ、胸に手を当てて」としか言わない。
(ダンナはこうやって、自分の気持ちを言わないばかりか、自分が辛いのは他人のせいだということにする性格です・・・どうせ俺が悪いんだろ、と言うのは、本当はそう思ってないんですよね)

ある日ダンナが帰宅してから、とうとう聞きたかったことを口に出した。
「本当は子供、欲しくないんでしょう? それより私と一緒にいたくないんでしょ?」
するとダンナは、とうとうキレた。
そうだよ。子供が嫌いなんだよ。それなのにあなたは子供子供と言う。
俺の気持ちなんか知ろうともせずにさぁ。
大体ね、俺は結婚してからの5年間、あなたに管理されて干渉されて本当に嫌気が指したんだよ。仕事でもストレスを抱えて、家庭でも全く気持ちが休まらない。
もう嫌だ。俺の5年間を返してくれ。

結婚してから初めて、ダンナが私に対する気持ちを暴露した瞬間だった。
薄々わかっていたけれど、本当はそんな風に思ってたんだ、と思うとショックだった。
5年間を返して欲しいのは私も一緒だった。
結婚したことすら後悔したことも数回ではなかった。
それでも頑張ってきたのは、私の一人舞台だったのだろうか。

ダンナの吐露をひとしきり聞いていた。
とにかく私への嫌悪の気持ちが全面に出ていた。
言われる言葉が、本当に私を表しているようで、何で私は自分自身のことをこんなに嫌な人間にしてしまったのか、なぜ直そうとできなかったのか・・・
ダンナがパチンコに手を出しているのは、本当は私へのストレスが主な原因だったんだろう。


でも私が反省するには時が遅かったようだった。
少し冷却期間を置こうと言ったのは、多分私からだったような気がする。
その夜、イビキをかいて眠るダンナの横で(←良く寝られますよね)泣き続けて夜を明かした私は、次の日、泣いて母に頼み込み、東京の実家に帰ることになった。
預かっていたダンナの口座のキャッシュカードと通帳を置いて。



長くなってしまったので、続きはまた今度。
(だいぶ最近のことに近づいてきたなぁ・・・)
posted by はなこ at 00:46| Comment(2) | TrackBack(0) | 履歴 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年12月11日

10/25〜の収支

今更なんですが、10/25からの収支報告をしたいと思います。
今月も・・・赤字でした(-_-;)

10/25〜の収支

食費が多いのは、ダンナの出張時の食事代がかさんだためで、今月もそれはかさむ予定です。
あとは私が帰省したことで、七五三のお祝いや、ご近所の方へのお土産代なども、臨時出費でした。
でも、旅行会の積立も戻ってきて、なおかつ帰省時に母から交通費まで出してもらってますから、赤字にならないと思っていたんですけどね・・・

結局このblogを始めて約半年、毎月何らかの臨時収入があるのに黒字の月がないというのは、多分私のやり方が甘いということなんでしょう。
ボーナスから赤字補填分も貯金しておこうとは思いますけど、気を引き締めて、なるべく使わない生活を心がけないと!


今月もほとんどダンナは出張に出ています。
出張の費用はかさみますが、私も甘んじることがないように、一人でも自炊&お弁当持参生活を続けています。
家計状況をダンナに伝えるときに、「私は食費の節約を頑張る」と宣言しましたし。
やっぱり誰かに宣言すると、気合が入り直りますね。

ボーナスはありがたくも2人合わせて60万ちょっといただけました。
使い道は前にも書いたように、返済、冬タイヤ購入、車の保険、あとは忘年会費用と赤字補填のために口座に置いておく予定です。
車の保険は、車両保険の額を減らす&家族限定&ゴールド免許割引等を駆使して、何とか年額53,000円まで下がりそう。
節約にはいろいろな方法がありますが、健康でいること(医療費の節約)、事故らないこと(保険の節約)も大切なことですね。

posted by はなこ at 22:44| Comment(2) | TrackBack(0) | 収支報告 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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