2005年09月30日

履歴〜結婚するまで・ダンナのこと〜

ダンナのことを少し書こうと思う。


ダンナは田舎の大きな家の2人姉弟の下、末っ子。
共働きで教師をしている両親は不在がちで、学校から帰ると祖母が面倒を見てくれていた。
そんな環境でダンナは高校を卒業するまでの間、育ってきた。
大体想像がつくだろう。
代々続く家に、教師の両親、末っ子、祖母が母親代わり。
体面、世間体、不在がちの反動で甘やかす親、もともと孫には甘い祖母・・・
私が思うに、ダンナの性格形成で一番ガンだったのは、申し訳ないけれど両親だと思っている。
お金があれば必ず子供はまともに育つ?
教師の子供は優秀でまともに育つ?
子供のうちに親に逆らわず悪いことをしないいい子が、必ずまともな大人になる?
答えはNOだ。

大人から怒られるというのは子供の「特権」であるとさえ思う。
ムチャをして、後ろめたくも悪いこともして、ばれて怒られて。
それを親が押さえつけてしまい、子供のうちに経験しないとどうなるか。
大人になってからでは誰にもバレず、恥かしい思いもせず、誰からも怒られないまま、取り返しのつかない、笑えない状況になっていくのがオチではないだろうか。



そんなダンナが最初にローンを組んだのは、まだ私たちが出会う随分前、
就職して数年たった頃に、○八の布団セット60万を購入したことに始まる。
それで堰を切ったのか、オーディオセット・S−VHS対応ビデオデッキ、8ミリビデオデッキ、レーザーディスクプレーヤー、など次々とローンで購入。
ダンナは家電や電気に詳しく、新しいもの好きだった。
多分デパート系のクレジットカードを利用していたと思うが、中にはカードローンとは違うのか、カップ(払込用紙)を使って金融機関で返済する方法もあったりした。
(このカップの束が後々、借金の発覚に一役買う)
生来の我慢が足りない性格に加えて現実を見ないダンナの借金は、またたく間に膨れ上がり、生活費も返済に回すようになり、必然的に消費者金融に手を出すことに。
ただ、ギャンブルは全くせず、買い物依存症のような状態だったと思う。

そして数年後、実家のある県へUターン転職。
車で通勤しなくてはならなくなり、父親の名義で中古車を購入。
多分、車検費用や保険費用も親が捻出してたと思う。
すでにこの頃には自転車操業になっていただろうけど、ダンナの両親は当時、ダンナが費用のことを言わなくても更新時期を覚えていてスッとお金を出してくれてたのだろう。


ダンナと知り合ったのは1997年の夏。
知り合って少ししてから遠距離に。
会えるのは月に1度くらいで、電話は毎晩。
私が会いに行くのがほとんどだった。電話は半々くらいだと思うけど。
なんで彼は私のところに来てくれないんだろうと思ってた。
それでも私は実家暮らし、ダンナは一人暮らし。
金銭的な負担をダンナに負わせないようにと、文句も言わずに会いに出かけてた。
私にはない部分をたくさんもっているダンナに、ひかれていた。
私の貯金は少しずつ減っていた。
彼の財布の中身、口座の残高、経済状況など知ろうともしなかったし、知ったところで一人暮らし未経験者の私は、きっと何の危険も判断できなかっただろうと思う。
説明されたらその内容を鵜呑みにするだけだろう。

その他にも付き合っている時に、この人大丈夫かと思うことがあった。
クリスマスプレゼントだかで何かを買ってくれたとき、出してきたクレジットカードと一緒に財布に見えた数々のカード・・・
私(の家)が普通のAFカメラを久々に新調したので、ある日のデートに持っていくと羨望のまなざし。
機械好きのダンナは、次のデートの時にはそれの色違いを買っていたりした。
今の私なら、当然「どこからそのお金を出したの?どういう気持ちで買ったの?ただ欲しかったから?」と聞くところだが、結婚もしてない相手の財布事情をさぐるのは、私には「してはいけないこと」だと思っていたから、聞けなかった。
取り繕う方も必死だっただろうと思う。
でも1ヶ月に1度程度しか会わなければ、私はそんな心配も忘れていた。


そして、1999年、結婚の話が持ち上がる。


長くなってきたので、続きは別に書きます・・・
posted by はなこ at 22:36| Comment(0) | TrackBack(0) | 履歴 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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